祭すとかっと2

音楽,演劇,テクノロジー.Tipsとアイデア.

シーシャは体に悪い吸引(1月16日~1月31日)

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友人と次にやる企画の話をする.

 

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休日.

隣駅にとてもいい感じのカフェを見つける.川に面していてサンドウィッチがうまい.こういうのだ.カフェ難民を脱出する.

ブログを書きながらいろいろなことを考える.

毎年この時期になると新しいことをはじめたくなる.過去のツイート振り返ってもこの時期に同じようなことを呟いていて笑った.英語をやらなくてはいけないという感覚がある.

あと拠点が欲しい.安くて稽古や美術製作をしても大丈夫なところ.

友人の芝居を見る.

 

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ムサビ通信のスクーリング「デザイン入門」2日目.

授業後に下北沢にシーシャを吸いに行く.昼はあまり人がいないし,店員が女性客にだけ優しいのも気に入っている.

シーシャは「体に悪い吸引」だ.この前の風邪の時に病院でやったやつの対偶.

シーシャの気持ちよさは酸欠によるものだと思う.脳に酸素が行き渡らず細胞がどんどん死んでゆく断末魔をかき消すために,ドバドバ放出される快楽物質.

駅でサーモンピンクのワンピースとライトグリーンのパーカーを着た幼い姉弟を見かける.

目[mé]の図録が届く.

gochisoukedoru.hatenablog.com

 

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上坂すみれの収録の新譜リリース.group_inou提供曲「MESSAGE」収録.

マジのマジでめちゃくちゃいい.1億回聞ける.というか1日中ループして聞いている.

曲展開が良すぎて泣きそうになるわ.ソロになってパワーアップしたimaiの曲にcpのリリックが乗っている.無関係に並べられたようにみえるワードが曲展開に合わせてなぜかだんだんエモくなっていくのは本当に魔法.これが魔法.

シルクロード ラクダ 空に浮かぶ 夜行列車 見てる 僕ら


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残業,絶対にしたくないと思う.

 

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「異種族レビュアーズ」3話,良い.そういえばTSモノ愛好家だった(忘れていた).

「映像研に手を出すな!」のアニメも素晴らしい.

金森氏のようになりたいが,なかなか難しい.金森氏は理想的な舞台監督(マネージャー)だ.理想と現実とスケジュールを兼ね合い,妥協点を探して強行すること.

おれは強行することがなかなかできない.

OPのMVもかなり良い.映像の快楽. 


chelmico「Easy Breezy」【Official Music Video】


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ミツメ 川辺 と group_inou / uri gagarn の ninoheron / cp / 威文橋 のライブを観る.

 

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ウイルスについて調べてめちゃくちゃ詳しくなる.

ウイルスのそれ自体は遺伝子が数個入ったただの設計図でしかなくて,人間という工場に入るとその設計図で変な商品めっちゃ作るのおもしろい.誰の意思も介在していないはずなのに,結果として人間という工場はダウンしている.

意思がないウイルスになりたいと少し思う.

 

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Netflixオリジナルドラマ「火花」を見終える.素晴らしい作品だった.

おれはこの光景を知っている.もがいてももがいても少しずつ沈んでいく日常.好きなことをやっているはずなのに身動きが取れなくなる感覚.そしてどうにもならない人生の転機ではじけてしまう.

人間が詰まっている.静かに悲しい.

そしてなにより役者が素晴らしい.何度も言われてきたことだと思うけれど,林遣都波岡一喜を見る眼,本当の愛に満ちていて鳥肌が立った.あの関係性はドラマだろうが本物.


火花 予告編 - Netflix [HD]

目[mé]「非常にはっきりとわからない」はなにがすごかったのか,解説する

2019年11月23日,千葉市美術館に目[mé]の展示「非常にはっきりとわからない」を観に行きました.

展示を見てあまりの衝撃に我を失い,たまたま会場で会った目の方に超良かったですといきなり話しかけ,そのままの勢いで周囲のひとたちに「あの展示はマジで超すげえから見に行け」と広め,12月7日に再度訪問,やっぱすげえ~~となったりしていました.

そして新年明けて1/4,友人との新年会で「で,あの展示はなにがすごかったのか?全然わからなかった,いってみろ」となりました.

これマジで超驚いたんですよね,全員にひと目で伝わると思って勧めたので.

でも色々話して確かにと思ったので,思考整理がてらまとめてみます.

会期中ネタバレ禁止だったけど会期終わったから多分大丈夫だよね.

 

今回の目の展示は千葉市美術館の7階と8階を使って"全く同じ展示"を見せるものでした.

展示自体は美術展の準備風景という感じ,いろいろな作品が用意されている途中で,まだビニールが掛かっていたり,台車が転がっていたりしています.

そしてその準備最中の様子が7階と8階で完全に一致しているというものでした.展示されている絵から寝転がっている人から,落ちている手袋まで.全く同じ場所に存在しているという具合.

私は7階をはじめに見たあと8階に行き,はじめの部屋で完全に理解した(わかった)</rp >のですが,わからなかった人が陥ったパターンに「間違い探しかと思う」というのがあったようです.

もちろん今回の展示は間違い探しではありません.千葉市美の構造をうまく使って「完全に同じものを展示する」という展示でした.ではこれのなにがすごかったのでしょうか.

 

今回の展示はこの世で本来ならば見られるはずのない「特異点」を作り出したものである

本来,この世に同じものってふたつと無いんですよ.同じ場所はないし,同じ風景を見られることはない.

つまり,今回の展示は「この世に存在し得ないものをつくった」ものでした.

これがまず第一にして一番大きな成果だと考えます.

私たちは見られるはずのないものを見た感動で打ち震えたのです.

しかもこの展示に再現性はありません.たまたま千葉市美の構造的に可能だったから実現したもので,他のどんな土地で可能な展示ということもない.まさにあの場所にあの期間,たまたま存在した特異点だったのです.

そしてその「本来存在し得ない一瞬」を同時に2箇所に存在させていることをわかりやすくするために,今回の展示は,美術展の準備風景を描いたものでした.

これが「美術展」だったらわんちゃん存在し得るんですよね,美術展はホワイトボックスの中で整然と作品が並べられるものなので.どこでも同じ鑑賞体験を得られるようになされている.

ただ準備途中となると違います.いわば完成に至るための途中経過,不確実性の連続です.意図せず放り投げられた部材に,雑然と並べられたダンボール,そういう誰にも顧みられないこの世に二度と存在し得ない一瞬の風景なのです.

(途中であること,また同じものであることを強調するために,展示されている作品のひとつは時計を使った動き続ける作品でした)

 

目はこのような展示を以前にも行っています.

昨年の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」では全く同じ"岩"を作り展示していました.

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repetitive objects - 大地の芸術祭の里

今回の展示はそれのより拡張と言えると思います.

 

では作者はこの作品でなにを表現したかったのでしょうか.

私はそれを「日常に対する違和感」だと考えます.

私達の立つ現実は基本的に他の環境との「相対性」によって成り立っています.

自宅は駅から南に歩いて10分だし,下に7階あるので8階だし,昨日があるから今日なわけです.

そして,特別な日は日常との対比で成り立ちます.普段家で食べているから外で食べる夕飯は特別だし,外国旅行が特別なのは日本で過ごす日常との対比なのです.

普通私達はその日常をなんの違和もなく日常として受け取っています.

しかし,目の荒神明香はその日常に疑問を挟みます.以下,会場で入手した過去の出版物より引用です.

高校生の頃。夕食の時間、家族と向き合ってご飯を食べているとき、その光景をあまりに見慣れすぎたせいか、自分が本当にここにいるのかがわからなくなったことがある。(中略)繰り返し繰り返し、同じ時間に同じ人と、同じ行為をする。それが当たり前であるほど、反対におかしく思えてくる。このまま戻ってこれない気がして、とっさに「私ってここにいる?」と母に確認した。

まさに本来ならば普通気にもとめない日常への懐疑を覚えたエピソードと言えるでしょう.

日常はなにによって作られるのか?わたしたちが日常だと疑問なく受け取っている日常はなにによって生まれるのか?

その疑問を表明するアプローチが今回,「同じ日常をふたつ作る」という作品になったのだと考えます.

7階も8階もそこがどこかわからないよう階数表示などが慎重にマスキングされていました.

同じものをふたつ作ったときにさっきまでなんの違和感もなく存在していた日常が,相対することができずに異常に転換する.日常が揺らぐ瞬間を作者たちは作りたかったのだと思います.

つまり,今回の展示の最も正しい見方は「あれ?ここ7階,で合ってるよな?」なわけです.「おれ今どこにいるんだ?」

 

ではなぜこの作品は「間違い探し」だと思われたのでしょうか.

それは観測者の「日常に対する解像度」の問題だと考えます.つまり日頃,どれだけ日常に目を向けているか.

この解像度というのは,人によってどこに向かっているかが違います.

私はゲームが詳しくないのでゼルダの伝説BoWをやっても,普通に面白い作品だな、となるのですが,長年やっている人にとっては震えるほどの超すごい作品になるわけです.いままでこんな自由でつくりこまれたオープンワールドはなかった.この「いままで」という視点が解像度です.

新海誠の天気の子が、普通に見ると「まあ私は君の名はの方が好きかな」となるのが,ゼロ年代サブカルチャーを通っている人からみると,背後のいろいろな文脈があっての天気の子だと判って衝撃を受けるのも同じです.

今回の展示は「日常に対する違和」を示すものだったと上記しました.

しかし,この日常に対する解像度の違いにより,この展示は間違い探しに成り下がります.

曰く,「同じ空間がふたつあることがそんなにおかしなことか?」

日常に普段から目を向けていると同じ空間がふたつと存在することは異常になるのですが,特に意識してみていないと同じ空間がふたつ存在することも日常の中に取り込まれてしまうのですね.日常に対する対比構造が成り立たない.

 

そして,もう一つの理由が(おそらくですが)目の作者たちは,わかりやすく"伝えようとして"作っていない,ためであると考えます.

つまり,「日常ってふたつあるのって異常ですよね???」ではなく「私,こういうの変だと思うんですけどどうですかね」,くらいの感じなんですよね.感覚を押し付けていない.違和の表明くらいにとどまっている.

このある意味,慎ましい姿勢がわかるひととわからないひとをより生み出すことになったのではないかと考えます.

 

ただ,ひとつ断っておくとこれをわかりやすく伝えるかどうかというのはアーティストの責務ではないのですよね.アーティストは自分の創作衝動に従って作品をつくるもので,作品の基準はどう見えるかではなく,どれだけ本質,コアに近づけているか,が優先されます.なので,それをどう見せるかはまた別の話になります.

作品をどう見せるかは,アーティスト本人ではなくどちらかというとキュレーターやプロデューサーという立場の人の仕事です.

また天気の子の話に戻りますが,自分のやりたいことをただやろうとする新海誠とそれを一般視聴者にわかりやすく伝わるよう変換する川村元気の関係です.

(まあ演劇や映画は観る人のことを想定して作られるべきなのでまた話が少し違うのですが)

話が脱線しましたが,今回目は自分の中の違和の提起くらいに留まっているのも今回の展示を分かる人とわからない人ができた原因だと思います.

 

最後に少し自分の話をしますが,私が今回の展示をわかった(と感じた)のは私もおなじように日常に対する視点を対象とした作品を作り,たまたま解像度が高かったために過ぎないと思います.

(現ア集という団体で,「日常からのずれ」をテーマに,ルンバを神の使いとして登場させたりベルトコンベアで食パンを流したりする演劇をしています)

この解像度は生来的なわかるひと,わからないひとではなく,ただその方向に目が向いているかの違いでしかありません.

ただただみる絵画と歴史を勉強した上で見る絵画が全く違う見え方をするのと同じです.

 

目は前身の「wah document」からずっと日常に対する視点をテーマに作品を作っています.

私は特に「グランドにお風呂」と「照明器具を飛ばす」が好きです.

wah documentを知ったときには活動を停止していてとても悲しい思いをしましたが,今彼らが目という形態で作品を作り続けている時間を共有できるのをとても嬉しく感じます.

これからも様々な作品を見られるのを期待しています.

(そして願わくばいつか一緒に作品を作れれば嬉しいなと思います,というかwah document継ぎたい)

目へのラブレターを最後に記して,本記事を終えたいと思います.

読んでいただきありがとうございました.

大量の坊主が一つの鐘を撞く(1月1日~1月15日)

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今年もはじまりました.よろしくおねがいします.

今年のゆく年くる年はずっとブリーチみたいな画が続いていた.

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大量の坊主が一つの鐘を撞く,零番隊だ.

 

近くの神社に初詣にいく.

どうせ正月は店が空いておらず生産的活動はハナから期待できないので,家でテレビ観るくらいなら初詣タスク消化したほうが良い.

 

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正月休みに合わせてN予備校の「プログラミング入門 Webアプリ」コースをやる.情報学科の新入生みたいだ.

プログラミング入門 Webアプリ | N予備校

それにしてもここまでほんとにJavaScriptとかの知識なしに来たなと思う.

 

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昨日に続いて箱根駅伝を観る.

家の近くを通るので見に行く.かっこいい.

 

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「映像研に手を出すな」をみる.

アバンが良すぎる.

風邪を引く.

 

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出張でラスベガスへ行く.

時差ボケで眠れずにいろいろなことを考える.

これまで選んできた道は間違っていないが,おれにはスキルが伴っていない,と思う.

 

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CESをみる.

まじでMaaSしかねえ.

Googleは先を行き過ぎてよくわからなかった.大量に人を雇って適当なことをしている.

 

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BBHFのサポートに元Galileo Galilei岩井郁人が参加しているのを知り,喜ぶ.

岩井はガリガリの名作Portal後に抜けて,FOLKSというバンドをやっていたのだけれど去年活休したみたいだ.

Portalの雰囲気かなり好きなので,BBHFに岩井郁人成分が付与されるのはかなり楽しみ.

BBHF,新しい人が入ったり,昔の人が入ったりしてどんどん強くなっていくの,ジャンプみたいだ.

 

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シルク・ド・ソレイユの"O"を観る.めちゃくちゃおもしろくて驚く.

マジですげえ人たちのマジですごいエンターテインメントだ.

ストーリーはよくわからなかったが,台詞があるわけではないので周りで見ている外国人と受け取る情報量は一緒だろうなと感じるので特に不満なし.

舞台がどんどん変形するのがすごくてずっと感心していた.

 

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帰国.

半地下の家族を見る.

おもしろかったけど,わたしのための物語ではなかった.

それにしても役者の演技がめちゃくちゃうまい.

友人と,おそらく韓国は芝居へのリテラシーが高いのだろうという話をする.

韓国の友人が,韓国では芝居を見に行くハードルがとても低くて,高校生カップルが日本で映画見に行く感覚で芝居を見に行くと行っていたのを思い出す.

履修登録してムサビから教科書届いた

ムサビ通信,はじめての履修登録をしました.

きっちり40単位申請.

超吟味しただけあって我ながら完璧な布陣だ,全部おもしろそう.

大学時代とは違い,1単位何円かきっちり重みを持って想像できるのでシラバスを見るやる気が違う.

とはいえ,3年次編入なので1年次から通うのに比べたらだいぶイージーモードかもしれぬ.しかも秋編入だし.

編入,1年次がお値段一緒で1年半分通えるのでおとくかもです,おすすめです.

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そして教科書が届きました.

あがるわぁ...

映像メディア表現楽しみ.

グラフィックデザイン基礎が鬼門かも.

情報システムはさくっと取れると信じてる.仮にもプログラミングやっとるし.

デジタルファブリケーションもArduino持ってるし行けるやろという思いだが果たして.

ムサビに通おうと思った理由,もちろんひとつは技術の体系的な習得なのだけれど,もうひとつに人脈というか人と知り合う,というのがある.スクーリング楽しみだ.

来年にスクーリング始まるまではとりあえず現代芸術論を手始めにやっていく感じかな.

みなさん,やっていきましょう.

理系院卒ですが、武蔵野美術大学の通信課程に入学しました

武蔵野美術大学造形学部通信教育課程デザインシステムコースの3年次に編入学しました。

私は現在27歳です。理系大学院を卒業したのち、企業で研究職をしています。(ドローンを飛ばしたりしています)

一方で、学生時代から演劇を行っており、現在でも友人と現ア集という団体を立ち上げ、活動しています。

「普通に生活していてみれない世界を実在させる」ことを目標として演劇製作を行っていて、脚本ではなく舞台美術から考え始めるという作り方をしています。

過去、「なにをしても達磨が出てくる銭湯」や「ゆで卵製造機が設置済みの1LDK」、「常に移動している町工場」などが舞台の作品をつくってきました。

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これまで研究活動と演劇活動は全く別の活動として並行にやってきました。しかし、近ごろテクノロジーをアートに組み込むと全くみたことのないおもしろいものができるのではないかと考えるようになりました。

先日上演した「パラボラ」はこのコンセプトのもと、神社を舞台にルンバ等の様々なテクノロジーを駆使してつくったものです。

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このような思考の変遷を経て、これまでは技術の立場からアートを考えてきましたが、アートの立場から技術を体系的に考えてみたい、と思うようになりました。

武蔵野美術大学通信課程のデザインシステムコースは「テクノロジーと表現を融合した新しいデザインの方法論を確立する」というコンセプトの学科です。

考えていたことにまさにマッチした内容だったため、入学することを決意しました。

これからこのブログを通学の備忘録として、また思考の整理先として利用していこうと思います。
以上、やっていきましょう。よろしくお願いいたします。

次の時代もお元気で(4月16日~4月30日)

4/16

3月くらいからずっとおれを苦しめていた国際会議の投稿を無事完了する.自由だ!!ヤァヤァヤァ!そういえばおれはエンタの神様の最後を飾る犬井ヒロシの自由のブルースというネタがめちゃくちゃ好きだった.

Life is freedom! 素晴らしい宣言だ.サバンナ高橋,エンタ芸人なのにちゃんとこの令和の時代でも生き残っていて感服する他ない.ジョーも好きだと言っていて奇遇ですねという思いがあるな.でも自由のブルースの動画がどこにも上がっていないのはやはり彼にとっては黒歴史なんだろうか.

4/17

会議投稿期限が2週間延長されていた.そんなバカな!おれのこの最後の死の2週間はなんだったんだ.

4/18

「楽しくなければテレビじゃない!」っていうフレーズ,めちゃくちゃ好きだ.

4/19

友人と飲む.ついでにふたりでロロ主催のバーイベントに行く.憧れの三浦さんにお会いして次回公演の仮チラシを渡した.そのまま三浦さんとAIやテクノロジーの話などをする.やはりおれは演劇にテクノロジーを持ちこみたい.

アート×テクノロジーといえばteamlabがやはり有名だけど,おれのなかでteamlabはアートではなくデザインであると思っている.デザインの(自分の中での)定義は「なにか課題を解決するための手段」で,アートは「自己発露」だ.違いはアートは主が自分で,どこまでも自己中心的な表現あるのに対し,デザインは別のところにかみさまがいるところだと思っている.teamlabは顧客が明確にいるビジネスとしてやっている以上,アートではなくデザインなのではないか.teamlabのすごいところはデザインよりであろうと,アートをお金に変えようとしたところだ.だが,デザインはコンサルタントと同じレイヤーのはなしなので,ビジネスになりうるが,アートをビジネスにする方法はなかなか難しい.村上隆SEKAI NO OWARI劇団☆新感線レベルにならないと成功していると言えないだろう.ましてマス相手にアートをビジネスたりうるにはどうすればいいんだろう.

いまは三浦さんにおすすめされた「人工知能のための哲学塾」を読み勧めている.

4/20

「劇場版 響け!ユーフォニアム」をみる.傑作だ.完璧な入りからのブラスバンド版「これが私の生きる道」!そしておれはなにより黒沢ともよの演技が大好きなんだ.去年のユーフォスピンオフであるところの「リズと青い鳥」が完全に伏線として機能している.リズが静なら今作は動で,互いに生を補完しあっている感じがとても良い.これが高校生のリアルだという気持ちになった.そして,これは演劇だ,とも思う.

去年の春の記憶はリズと青い鳥と密接に結びついており,結果として,春の感じ=girls, dance, staircaseの等式が完成しつつある.

4/21

大学の先輩がAmazonのCMに出ている!とても良い.どんどん出世してほしい.

4/23

横浜美術館の展示を見る.おもしろいと自分が思うもの,普段の生活でもなんとなくは溜まっていくが,具体的な締切が設定されると加速度的に具現化していくのはなんでだろうな,と思う.筍をもらう.Facebookで昔の友人にメッセージを送る.テクノロジーは時間と距離を縮めることに貢献する.

4/25

自分という人格が散らばっているのを感じる.TwitterInstagram,ブログやリアル.それぞれにいくつかのアカウント,人格があって,自分のそれぞれの部分がそれぞれを使い分けている.基本的に統合の方向に向かうことはなく,エントロピーがそうであるようにどんどん発散していく.いずれおれの人格は空気中に散逸し,誰にも観測されない言葉だけが残るのだろう.

4/26

怒りをフィルタリングしたい,と思う.ひとやキーワードでのミュートの時代はもう終わりだ!これからは感情フィルタリングの時代!

4/27

誘われて,映画「あの日々の話」を観に行く.芝居も初演,再演みているがずっとおもしろい.玉田さんはひととひとの間の空気を切り取るのがとてもうまい.

4/28

次回公演の顔合わせをする.DJについて学ぶ.

4/30

グッバイ平成.次の時代もお元気で.